光と灯りを
考える

chapter

06

私の好きな照明デザイナー

最後に、私の好きな照明デザイナー、アキッレ・カスティリオーニを紹介したいと思います。彼を単に照明デザイナーと形容するには有り余るのは、彼は照明デザイナーであり、建築家であり、何より物質的なものを超えて人の暮らしや行動そのものをデザインするデザイナーであったからではないでしょうか。そして彼は、灯りの本質を捉えることに長けていました。 彼を一躍有名にした照明器具は多々ありますが、その中でも私が一番感銘を受けたのが、【FRISBI】という照明器具です。おそらく、インテリア好きの人なら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。 一本の棒から吊るされた円盤とそれを照らす半球、ほとんど直線と円弧のみで構成されたそのデザインは、なんとも照明器具らしからぬ出で立ちで、機械的でなんとなく近未来的、しかしどことなく哲学的な雰囲気を感じさせます。シンプルでミニマリスティック、しかし一度見たらどこか心に引っかかる、高い独自性の漂うフォルム。
彼の照明デザインはいつも徹底的な分析から始まるそうで、例えば既存の照明器具の光源の分類から家の中での人の行動パターンの分析まで、高度で難解な分析というよりは、人間の生活を取り巻く光環境一つひとつの要素を丁寧に分析し、理想的な光への解答をどこまでも本質的に追い求めていたのです。彼は存在する照明器具の光源と光の当て方を分類し、紙にスケッチでまとめていたそうです。そして、「どの照明器具も、器具本体よりも照明効果のほうが重視されるときにだけインダストリアルデザインとしてその正当性を認めることができる」と語っています。この言葉こそ、彼の照明デザインに対する考え方の真髄なのではないでしょうか。「形態は機能に従う」という言葉が彷彿とされますが、理想とする照明効果を追い求めることで、必然的に見た目の美しさは追随するということを、彼もまた改めて体現していたのではないでしょうか。
話を【FRISBI】に戻します。この照明はダイニング用の照明機具として、1978年にデザインされました。フリスビーの名前の元にもなっている丸い円盤は、この一枚で直接光・反射光・透過光を操り、ダイニングで食事をするとき、円盤の中心の穴を通った光はそのまま机の上の料理を鮮やかに照らし、円盤を透過した光は食卓を囲む人々の顔を柔らかく彩ります。そして、円盤を反射した光は天井をほのかに照らし、空間全体を心地よく照らすのです。彼がデザインする照明には、いつも明確な意図があり、その先にその灯りとともに暮らす人の姿があります。 彼がデザインしているのは単なる「照明器具」ではなく、室内を華やかに装飾するオブジェでもありません。求める効果に徹底的になまでに忠実な、光を生み出すための魔法の装置、とでも言えば良いでしょうか。人の行動や求める機能に忠実、というとどこか無機質な響きに感じられるかもしれませんが、光と陰が人々に及ぼす心理的効果、その美しさまでが忠実に彼の設計には含まれていました。彼のデザインを見れば、徹底的な分析から始まったデザインも、最後には人間の心に触れるあたたかさを伴ってカタチとなり、人の心を動かすデザインとして着地してきたことがわかるのではないでしょうか。 照明によって生まれる心地よい灯りで満たされた空間の奥深さと、それに反して徹底的にそぎ落とされたミニマルで機能的な照明器具のフォルムの対比は、人々の暮らしの美しさの本質を私たちに教えてくれるように思います。例えば家族が食卓を囲み、豊かな時間を過ごすとき。あくまでそのシーンの主役は家族一人ひとりが紡ぐ暮らしの一コマであり、その瞬間をより一層引き立てるのが灯りの存在で、光を生む器具の形は、極端なまでにそぎ落とされ、シンプルで、空間を引き立てるように、しかし確かな存在感を持って、そっと佇むのみで十分なのではないでしょうか。